【インタビュー】安田二朗教授

2016年からガボンで実施されている「公衆衛生上問題となっているウイルス感染症の把握と実験室診断法の確立プロジェクト」の専門家として従事している熱帯医学研究所安田二朗教授に、同プロジェクトの取り組みや現況についてインタビューを行いました。

――本ガボンでは死因の半数を感染症が占めている(2011,WHO)ものの、新興・再興感染症への対応能力は低く、中核研究機関においても殆ど研究実績がないと聞いています。
本プロジェクトは公衆衛生対策上優先度の高いウイルス感染症に対する迅速診断法の開発に係わる共同研究をランバレネ医療研究センターと実施することで、ガボンのウイルス感染症研究開発の能力の向上を目指しています。
安田先生のウイルス感染症への関わりと、専門家としてこのプロジェクトに参画したきっかけは何ですか?

安田教授:私自身はもともとウィルス性出血熱といってエボラ出血熱、マールブルグ病、ラッサ熱という日本で一類感染症と分類される極めて致死率が高い高病原性のウィルスについての分子生物的な研究をしていました。長大に新しい実験施設とウイルス研究室をつくる話があり、当時の学長の片峰先生からの誘いがあって2010年に熱帯医学研究所(熱研)に移ってきました。ラボの中にいて感染症全体が分かるわけではないので、実際に発生している場所にいかないと色々なことが見えてこないだろう、せっかく熱研に来たのだからフィールドもやろうということで、最初にナイジェリアのラッサ熱に取り組みました。同国出身の留学生との縁でした。その後2015年に西アフリカでエボラの大流行が起きた時、もともとエボラも研究して診断法なども開発していましたので、開発した診断法を現地で実際に評価試験を行うことにしました。これもギニア出身の助教との縁で、ギニアで行ないました。ブラジルのジカ熱にも協力しました。

安田教授:ガボンではエボラも2000年前後に4回発生し、私はバックグラウンドが獣医なので野生動物にも非常に興味があり、関心を持っていました。国土の80%が森林で、野生動物も沢山保護されていて、ニシローランドゴリラの一大生息地があります。でもエボラで5000頭ぐらい死んでしまった。そういう状況で人獣共通感染症にも興味があるのでガボンでも何かやれるかもと思ったのが参画のきっかけです。感染症は国境を越えて広がるので、ガボンの周りの国でも色々なウイルス感染症が存在することにも興味を持っていました。熱研内でガボンへの協力の話が持ち上がり、在ガボン日本大使館の支援も受けながら応募し、幸いにも採択されたのです。

――プロジェクトの進捗や成果は?

安田教授:2015年に調査を行って、2016年からプロジェクトを開始し、5年を迎えました。新型コロナウイルス流行により、2020年度は殆ど活動が出来ない状況で、プロジェクト期間を延長することになりました。渡航再開を受けて順次活動を進めています。

安田教授:5年経ちますが、最初は結構苦労しました。コミュニケーションですね。もともと付き合いがある国ではなかったのでゼロからのスタートです。最初は検体採取からで、ランバレネ医療研究センターとプロジェクトを開始した時は、毎年どんなウィルス感染症がガボンで流行っているかさえも分かっていませんでした。どんなウィルス感染症が問題になっているのか調べる。それを調べてその問題となっているウィルス感染症に対して現地で診断できるシステムを現地で導入していく。そのような道筋で取り組んでいます。

安田教授:最近は活動をしている中で色々なことが見えてくるようになり、例えばデング熱は4つ血清型があるのですが以前は2型が主だと思われていましたが、実はここ5年ぐらいの間に3型にシフトしていることが分かりました。これまであまり報告のなかった肝炎ウィルスについても感染経路も分かるようになってきました。色々な実態が見え始めてきたのが今の状況です。

――これまで研究を進められる中で嬉しかったこと、満足していないことはありますか?

安田教授:満足していないですね(笑)。多分一生しないです。若い人たちにも言いますが、我々まだ何も成し遂げてないです。だからもっと貪欲に色々なことに取り組まないといけないと。僕も30年やっていますけど、自分でもまだ成し遂げていないと思っています。じゃああと10年何ができるか考えてやっています。

安田教授:嬉しかったことは、小さいことは沢山あります。例えばギニアに行った時に僕らが行くと現地の子どもたちが集まってきて、色々なところを触ってくるんです。日本人が珍しいから手を握ってくる。やっぱり人間ってウェルカムで迎えられると嬉しいです。あとはこういう仕事をしていると色々なところに行けます。ガボンの僕らが活動しているところも首都から270キロ離れているところで、4、5時間車で道なき道を走って行くようなところにも行けますし、色々な人と文化と交流できる。嬉しいというよりも楽しいです。

安田教授:楽しいことは大事です。研究の何が醍醐味かと言うと「未知を既知にすること」。僕らが発見することで未知を既知に変えられる。それがやっぱり面白い、楽しいことですね。

安田教授:僕らの希望としてはこのようなインタビュー記事を見て、私もアフリカでのフィールド活動してみたいです、こういうウィルス研究してみたいです、という人が現れてくれることです。それが僕らにとって一番嬉しいレスポンスですね。

――フィールドワークの良さをお話しされていましたが、例えば道にゴリラが倒れていて、エボラ以外の未知のウィルスに侵されているかも・・・というような状況の中で、恐怖を感じたことはないですか?

安田教授:ないですね!(笑)。よく大学院生、留学生にも聞かれます。なんで先生は日本ではそんなハイリスクな病原体はいないのに、こんなに危険度の高いラッサとかエボラの研究をしているのかと。僕らは専門家なのでどういうふうに守ればよいのかは分かっています。たまたまのアクシデントで誰かに抱きつかれたとか、銃で撃たれたとかいうリスクはあります。でも感染症に関しては個人用防護具といいますけど、きちんとマスクして、二重に手袋して、感染防護衣を着て、目などもフェイスガードで守れば殆どの感染症は感染しないです。感染しない方法を正しく知っていれば病原体を扱う上でそれほど危険ではありません。

――ガボンでの今後の展開は?

安田教授:あと5年はやりたいですね。あと5年あればもっと現地の感染症を詳細に理解出来ます。現地の感染症対策にも役に立つこともでき、パイロットスタディとしてガボンで上手くいけば診断システムを周辺国にも普及することも出来るでしょう。

安田教授:また、民間との連携などを通じて自分たちの研究成果を社会に還元する、具体的には診断法を現地に導入したり、感染症対策に役立つような薬を開発するといった方向、純粋にサイエンスとしてウィルス感染症について新たな知見を発見するという方向でも成果をあげられたらと思っています。民間との連携では、開発に関わってきたキャノンメディカルのウイルス迅速検出システムがJICAの民間連携事業として採択されたので(ガボンを対象とした「ウイルス迅速検出システムに関するビジネス案件化調査」)、ガボンのニーズにあったシステム導入を進めていければと考えています。

安田教授:先ほど人獣共通感染症の話をしましたが、プロジェクトの中で野生動物からの検体採取も行っており、その中で色々なウィルスが取れてきます。その中には次の新しい感染症の病原体も多分いると思われるので、そのようなウィルスを見つけたり、遺伝子を見つけたりすることによって次にどういう感染症が人に公衆衛生上問題となるのかということもやっていきたいです。やりたいことは山ほどあります。 感染症って国レベル、地域レベルの境も無いし、動物種の境もあまりない。ウィルスはグローバルだということです。地球環境全体が健康にならないと人も健康にならない。

――最後に、先生にとっての長大の魅力は何ですか?

安田教授:私は若い時に3、4年で研究室を移りましたが、やっぱり研究者にとって一番重要なのは研究環境、自分のやりたい研究ができるかどうかそれに尽きるんですね。自分がやりたい研究がやりたいというところで、幸いタイミングと色々人脈に恵まれて長崎に来ました。熱研にこうやって10年いるというのはやっぱり環境が良いからです。トップレベルの研究環境が整っています。そして、熱研の良いところはネットワークがあるところです。卒業生が世界中にいて、自国でネットワークを創ってくれます。ギニアに行くと言った時も、卒業生のネットワークを使ってコンタクトが取れたのです。

――本日はお話いただきありがとうございました。

インタビュー日:2021年1月14日

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安田 二朗

所属 (現在)長崎大学 感染症共同研究拠点 教授(兼任) 熱帯医学研究所 教授
過去の所属2017年 – 現在 長崎大学 感染症共同研究拠点 教授
2010年 – 現在 長崎大学 熱帯医学研究所 教授
2003年 – 2010年 警察庁科学警察研究所 法科学第一部 室長
2000年 – 2003年 北海道大学 遺伝子病制御研究所 助教授
1996年 – 2000年 東京大学 医科学研究所 助手
1995年 – 1996年 日本学術振興会 海外特別研究員
1994年 – 1996年 アラバマ大学 微生物学部 博士研究員

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