加藤 誠治 教授
国際連携研究戦略本部
1978年の改革開放以降、中国が驚くべきスピードで社会的、経済的に発展したことは世界的に注目されている。しかし、経済の発展に伴って、様々な社会問題も引き起こされ、新興感染症の流行・蔓延にも繋がってきた。
<経済発展がもたらした病巣>
もっとも高い関心を集めているのは、新興・再興感染症とりわけ麻薬使用と性産業の拡大に関連したエイズとC型肝炎の流行と、国内1.5億人といわれる流動人口の医療保障・社会保障問題である。経済開発の副作用とされる都市部と農村部の格差増大により、農村からの出稼ぎ労働者が都市に流れ込んだ。低い学歴や専門知識の不足などのため「3K(きつい、汚い、危険)」職業に従事する人がほとんどである。女性、特に若い女性の場合は、ナイトクラブ、マッサージなどの娯楽・性産業に従事する人も少なくない。
また近年は日本と同様にMSM(Men who have Sex with Men)の人達で感染が蔓延しているとみられ、CCDC(中国疾病管理センター)にとって喫緊の課題とみられている。
<日中社会疫学連携研究>
日本では優秀な社会疫学研究グループの調査を通じて、麻薬常用者、セックスワーカー、流動人口等の脆弱人口がエイズ、性病などに感染した一番の要因は、社会・経済・文化的な要因であることがわかった。言い替えると、彼らの社会・経済属性とそれに相応する職業、教育、価値観、社会保障により決定される行動習慣によって、エイズ・性感染症に対する脆弱性が生じたといえる。
昨年来、CCDC側から日本の先進な社会疫学研究手法を中国の研究者に紹介し、両国の研究者、実務者、当事者の国際連携研究・事業を推進することが提案されていた。
こうした背景から今回、8月2日から8月6日まで、我が国のHIV/性感染症の予防と疫学分野、特にMSM研究及び支援活動では日本の第一人者である市川誠一教授(名古屋市立大学国際保健看護学・感染疫学研究室)及び塩野徳史特任講師(同室)と共に中国深セン市を訪問し、深セン市で活動しているNGO、及びMSMの交流場であるサウナ、ゲイバー等を視察すると共に、CCDC及び深センCDC関係者と情報・意見交換を行い、協働の可能性、調査研究のデザイン等に関して協議を行った。
この視察・協議は土曜、日曜日に行われたにもかかわらず、休日返上で王CCDC総長、呉・CCDCエイズセンター所長も参加し、積極的なイニシアティブを取っていたことから中国側の期待の程が覗われた。
<訪問結果概要>
王総長から「現在中国は“健康教育”というスローガンが叫ばれているが、エイズとの関連では行動変容のような重要なテーマが置き去りにされている感があり、MSMに関しては、基本的な基礎データの欠如が問題である。例えば全人口の中のMSMの推定割合、その行動パターンなど。深セン市の社会人口特徴(高い流動性、平均年齢が26歳の若さ)を考えれば、日本の社会疫学研究・事業の経験を活用し、MSMを対象にする応用性研究の展開が必要である。」との発言もあり、呉・中央エイズセンター長から次の2点が提案された:(1)中国ではエイズ(或いはMSM)の有病率と発生率が間違って使わる傾向あり。それは全人口中の対象者割合などの基礎データの欠如が根本的な原因であり、日本研究チームのノウハウと経験を学んで、共同研究によりこのような問題を解決するようにしたい。(2)シンセン市のMSM・NGOはよく頑張っており評価したい。日本のMSM・NGOと経験交流・対話が進めることが望ましい。
こうした先方の要望を踏まえ“深セン市成人男性に占めるMSMの推定割合”調査についてディスカッションし、概ね以下の調査デザインとすることとした。
- 標本数:サンプル対象は深セン市成人男性推定人口の1000分の1以上とし、約4千人以上を目途とする。
- 調査方法:深センCDCが過去に実施した経験があるスマートフォンのSMS機能を利用し、調査用のシステムを開発する。サンプルは深セン市成人男性人口構成比に基づき、同人口構成比に対応するサンプル数を開発システムによりランダムに収集する。質問項目はSMSによるアンケート調査であることを考慮して10問程度を想定する。
又、今年度内に深センNGOと市川先生グループが支援する本邦NGOとの交流事業を実施する方向で検討することとし、受入・各種調整業務を長大CICORNが担当することとした。時期については、年内には実施したいところである。
日中双方での懸案について知見を共有し協働研究を行っていく過程では、行政制度、社会風俗等の違いから戸惑い、調整が必要となり、想像以上に労力が必要になることは容易に想像できるが、こうした研究活動の積み重ねが東アジアでの感染症コントロール、将来の同地域の社会の安定に繋がることを期待したい。
深セン市内某所のゲイバー | 中国NGO(258同士組) | 関係者一同 |
CICORNニュースレター第2号(平成25年8月号)掲載記事
http://hdl.handle.net/10069/34013