ベトナム・カントー大学との共同調査・研究交流について

和田 実 准教授
水産・環境科学総合研究科

本稿は前号(平成25年8月号)のニュースレターで石松教授が書かれたベトナムとの研究交流に関する記事の続きとしてお読みいただけると幸いです。ここではカウンターパートであるカントー大学(Can Tho University: CTU)について、また私たちの調査・研究交流の様子について、それぞれ追記したいと思います。

【カントー大学の水産学部は大所帯】
カントー大学(CTU)は、ベトナム最大の都市ホーチミン市の西約160キロメートルにあるカントー(Can Tho)市内に位置し、南ベトナムにおける拠点的な総合大学として約3万5千人の学部学生と2千人の大学院生を擁し、周辺地域の教育、研究の中心的や役割を担っています。水産学部(College of Aquaculture and Fisheries: CAF)の学生数は約1,800人、教職員は100人を越え、長崎大学水産学部と比べると概ね3倍の大所帯です。前号でも紹介されたように私たちはCTU-CAFの漁業・資源学科の教員スタッフとともにメコンデルタで行われているハゼ類の仲間(現地名Cá kèoカケオ)の養殖に関する課題に取り組んでいます。

【メコンデルタに行くのは雨期が最適?!】
メコン河流域は概ね11月~4月ごろが乾季で、残りは雨期となりますが、この雨期と乾季の降水量の違いにより、流域の様子は大きく変化します。一般に雨期には雨で河川周辺の水域が広がり、乾季に陸地だった場所が水没するので、魚類を含めた水棲生物は水田や湿地にも侵入します。逆に乾季となり陸域が乾燥すると、多くの水生生物は水辺を求めて移動するなど、季節の変化は魚類を含めた生物の生態に影響を及ぼしています。

Cá kèoの繁殖期や産卵場所はまだ不明なため、私達は両方の季節に調査を行っていますが、現地の調査はやはり乾季の方がスムーズです。メコン河流域の土壌は水分を含むと極めて粘性が高くなるため、雨期に土の上を歩くとすぐさま茶褐色の土が靴底に堆積し、足が極端に重くなります。また前が見えなくなるほどの強い雨が襲来し、衣服も靴もずぶ濡れになってしまうことも稀ではありません。しかしそんな中でもCTU-CAFのスタッフや現地の人たちに慌てた様子はありません。車で移動中に雨がひどくなったときは道端の茶屋に立寄り、ゆっくりとベトナムコーヒーをすすってやり過ごしますし、強い雨で衣服や靴が濡れても、暫くすればまた乾くという「悟り」を開いているのか、傘をさす人もあまりいません。ある雨の日、道路に這い出ていた数匹の「木登り魚」(空気呼吸できる淡水魚の一種)を一組の親子が楽しそうに生け捕りにしている場面に遭遇しました。大げさに言えば、雨を自然変化の一つとして受け入れ、その小さな恵みも積極的に享受している姿を垣間みた思いがしました。私などは雨期には効率的な調査を阻まれることが多いと感じてしまいがちですが、雨期にこそ現地の人々のしなやかさを身近に観察できる良い機会なのかもしれません。

【ローリスク・ローリターンな魚類養殖は持続的か?】
前号でも述べられているように、私たちの調査の目的の一つは近年拡大しているCá kèo養殖について、その環境影響を明らかにすることです。Cá kèo養殖はおよそ10年前から南ベトナムを中心に盛んに行われるようになってきた新興事業ですが、同地域で主要な養殖漁業の1つであるエビ養殖と比べて、Cá kèo養殖の利益は薄いものの安定した経営が可能だという考えが背景にはあるようです。たしかにエビは販売単価が高い反面、ウイルスや細菌による感染症による被害を受けやすいハイリスク・ハイリターンな事業ですが、Cá kèoは単価が安くても病気になり難いのでローリスク・ローリターンの養殖業と言えます。私たちはCTUから車で3時間ほど南に下ったBac Leu市にあるエビ養殖場とCá kèo養殖場を主な調査地としていますが、どのエビ養殖池も海水は表面に設置された水車の働きによって撹拌されているのに対し、Cá kèo朝食池にそのような撹拌装置は一切ありません。水の色も大きく異なり、エビ養殖池は淡い灰褐色の濁り水のようですが、Cá kèo養殖池の水は濃い緑色です。顕微鏡で見ると雨期、乾期の区別無くCá kèo養殖池はエビ養殖池の10~1,000倍近い数の植物プランクトン(おもに緑藻類)がおり、そのために緑に染まって見えたことが分かりました。細菌の数もCá kèo養殖池の水がエビ養殖池よりも2~10倍ほど高く、Cá kèo養殖池には浮遊性微生物が極めて高密度で依存していました。前号で紹介したようにCá kèo養殖池では夜間に溶存酸素濃度が著しく低下しますが、このような多量の浮遊微生物の呼吸活動が関わっていると考えられます。ではなぜエビ養殖とCá kèo養殖でこのような違いが生じるのでしょうか?そのヒントはCá kèoが空気呼吸する能力を利用した養殖手法にありそうです。Cá kèoのように空気呼吸できる魚は水質が悪化して水中の酸素が無くなってもすぐに死ぬことはありません。そのため、Cá kèo養殖では水質浄化の設備や労力を必要とせず、給餌だけを行って魚を出荷サイズまで太らせることができます。大量に与えられた餌の多くはおそらく残餌として養殖池の底に沈み、微生物分解に伴って溶存酸素が消費され、その過程で栄養塩類が水中に回帰するので再び藻類が繁茂すると考えられます。もちろんこの仮説は多くの点で検証する必要がありますが、果たして現状のCá kèo養殖手法は本当にリスクが低いのでしょうか?短期的な収益リスクは低くても、環境影響を含めた長期的な持続可能性については未知です。今後も調査を重ねてCá kèo養殖の持続可能性について客観的なデータをもとに考察したいと考えています。

【おわりに】
本稿は前号に続いてメコンデルタにおいて進みつつある長崎大学の水産・環境科学分野における調査・研究のスナップショットを紹介しました。予期せぬ天候や生物活動の変動、言葉や社会背景の違いによる意思疎通の難しさなど、現地調査にハプニングや壁はつきものです。しかし、そうした実態をご理解いたtだくことが、CTUと本学の今後の学術交流の発展および強化にもつながると思っています。

私たちの調査は現地における水産・環境分野の課題の解決を目指したものですが、人材育成の面でも重要な意義をもっています。これまでに水産・環境科学総合研究科の5年一貫コースに在学中の大学院生1名を2回の現地調査に同行させました。初の海外調査に最初はおっかなびっくりの様子でしたが、滞在期間中にCTU-CAFメンバーと意思の疎通を図りながら、自発的に調査をサポートしてくれました。やはり日常とは異なる学習環境に身を置くことで、若者は刺激を受けてさらに成長するようです。2014年春には長崎大学とCTU双方に交流推進室の設置も行われますので、より多くの両校の教職員・学生による交流が活発化することが期待されています。CTUとの研究・教育交流に対して、皆様の一層のご支援・ご協力のほどをどうぞよろしくお願いいたします。

CICORNニュースレター第3号(平成25年12月号)掲載記事
http://hdl.handle.net/10069/34014