LAVICORD 総評

総合地球環境学研究所 川端善一郎
2016年9月16日

総評

近年、日本の大学では多くの型の国際共同研究が行われているが、たった2年間の共同研究で、多くの成果をあげているLAVICORDは包括的な(Comprehensive)国際共同研究の成功のモデルといってよい。国際情勢分析を含む情報収集と予備調査、研究立案、研究蓄積の活用、人的ネットワークの構築、研究組織の形成、研究費の獲得、研究交流と成果の共有、異文化の相互理解、未来可能性に向けた将来構想の話し合い等どれもが共同研究の立ち上げと推進に重要で不可欠な要素である。長崎大学(環境工学と環境水産科学分野)とケニヤのマセノ大学(農業と食の安全と生物科学と物理科学分野)をはじめとする研究機関および政府や地域の行政機関がお互いにこれらの一連の準備ために多大な労力と時間を費やしたにちがいないことが研究発表から容易にうかがえる。研究成果のみに捕われると準備を含めた一連の研究過程の重要さと意義を見落としてしまう。しかし、これらこそが次なる共同研究を持続的に発展させるための種になる。LADICORDは研究成果を生み出す準備を含めた一連の共同作業に成功している。これこそがLAVICORDが国際共同研究のモデルである所以でもある。長崎大学とケニヤ側の立場や潜在力や研究環境を理解し、両者の仲介役を行う専門家を配置したことも共同研究が成功した要因でもある。

LAVICORDの研究ターゲット

ビクトリア湖流域には5千万人にものぼる人々が暮らしているが、人々の生活にとってのサブシステンスが危ぶまれている。衛生的な水と食糧の確保は人々の生存にとって最も必要とされる。これらが確保できてはじめて安定性した経済活動や感染症の制御への取り組みがなされるであろう。人間生存にとって不可欠な水、食糧、経済に焦点を絞ったLAVICORDの研究設定は極めて意義がある。

水質浄化

ここでは、私の最近の研究活課題(水域感染症の生態学、水域の遺伝子伝播, 湖岸の保全)にもっとも関係の深い水質浄化の研究(Component 2、Water Engineering)について意見を述べる。この研究は冨栄養化によって有毒アオコが発生している湖水を湖岸住民が生活用水や飲料水に利用するための水質浄化技術の研究、食堂や学校から排出される雑廃水を処理し生活用水に再利用するためのリサイクリングシステムの研究,そして沿岸域の水質モニタリングのネットワーク形成の研究の3研究課題から構成されている。特に、バイオフェンスを用いた湖水の浄化の研究は研究成果の発表を聞き、併せてビクトリア湖畔のオガル(地名)で行われている現場実験の視察をすることが出来たので、理解が深まった。バイオフェンスと呼ばれる水浄化システムでは、木炭を詰めた護岸を湖岸に設置し、このフェンスを通過した水を湖岸の陸側で回収する仕組みになっている。アオコが生産した毒素がフェンスに形成された微生物群集によって分解され、重金属やヒ素が吸着除去される。この浄化システムの各部分の細部わたる研究は日本の国立環境研究所や研究担当者の板山らによって長年行われて来ており、膨大な研究実績がある。これらの個別研究結果をつなぎあわせ、現場の要望に応える一つのシステムとして組みたてるかかが大きな研究となる。バイオフェンスを用いた水質浄化システムは、この点で成功している。特に注目すべきこのシステムの特徴として、小規模システムであること、システム構成が単純であること、住民が自分の施設であるという自覚をもって管理できること、身近な素材(木炭や石)を使っていること、湖水のシステムへの取り入れに自然の水の動きを利用していること、一目で汚濁と浄化の状態がわかること、現地の研究者と住民との会話がなされていること、住民が喜んでいること、などがあげられる。勿論、湖水の流動計算や微生物群の生態など基礎研究がこのシステムを支えていることを忘れてはならない。基礎研究への投資、現地の要望、地元の資源の活用、住民の参加、行政の支援、省エネ技術、持続可能な社会建設のための循環システムの構築、研究者の熱意や倫理観など、現代日本が試みている「Science for Society」の実践例としてもバイオフェンスの研究は高く評価されるべきだ。 バイオフェンスを用いた水質浄化システムの問題点も整理しておく必要がある。 特に私が懸念した問題点は、湖岸の水生植物帯を切り開き、そこに木炭をつめたフェンスを築いた結果、フェンスの内側と外側における湖水の流動の変化、底泥の量と質の変化、フェンスおよび底泥の付着藻類の増殖が、住血吸虫感染症(Schistosomiasis)が起きやすい環境を作ってしまわないかである。寄生虫の中間宿主の巻貝は流速が遅く、泥質の底質を好む。住血吸虫感染症は中央アフリカにおいてはマラリアに次いで患者が多く、患者数が2億人、感染が起きやすい環境で生活する人が7億人もいる。バイオフェンスによる水質浄化システムが住血吸虫感染症のホットスポットにならないためには、中間宿主の巻貝が生息しにくい環境の研究とモニタリング、そして直接水に触れないようにするための住民への教育が必要である。長崎大学の熱帯医学研究所のナイロビ研究所には住血吸虫感染症を制御するための基礎および応用研究の蓄積がある。これからは、長崎大学の関係部局との連携を強めることが必要であろう。

これからの研究活動への期待

  1. つながりの視点
    生活に使われた水は沿岸で使われようが、沿岸から離れた陸地で使われようが,いずれ湖に流入する。沿岸の水質汚濁はアオコの発生等を引き起こし, 水生生物の生息場所や繁殖場所の劣化につながり、生物多様性の減少や漁業に直接的間接的に影響する。沿岸水を飲料水や生活用水に直接的間接的に接使用する場合には、感染症にかかる危険性もある。人間が生み出した廃水が人間の生活に脅威を与えるというつながりの視点を住民に伝え、環境保全意識を高めることが必要であろう。

  2. 技術とアイデアの転移と共有
    LAVICORDは長崎大学とマセノ大学をはじめとする研究機関とケニヤ政府や現地の行政機関等との共同研究であるが,長崎大学でこれまでに蓄積されてきた科学的知見や技術やアイデアが長崎大学からケニヤ側に一方向で導入されている傾向が強い。長崎大学とケニヤ側の研究レベルの違いを考えればこの傾向は当然であるが、ケニヤ側の生活に根づく経験や智慧を掘り起こし、評価し,学術レベルに引き上げ発展させるための協力が必要である。さらにLAVICORDの研究成果をビクトリア湖岸域の国や町に広めることが求められる。なぜなら、ビクトリア湖沿岸にはケニヤで1千万人、そしてウガンダ、タンザニア、ルワンダの近隣諸国を合わせれば5千万人の人々が、人間生存の最も基本的な要件である安定した経済、衛生的な環境、未来につなげる生物資源の保全と活用を必要としているからだ。LAVICORDを長崎大学とケニヤとの2国間共同研究からビクトリア湖沿岸諸国との多国間共同研究に発展させる必要がるし、たった2年間で達成したLAVICORDの成果を見れば、その可能性はおおいにある。

  3. 社会経済分析
    ビクトリア湖流域で清浄な水を確保し、水域に由来する感染症を制御し、漁業を振興し、潜在的資源の評価ができれば、次にやるべきことは経済的安定性を実現するための社会経済分析である。そのための研究ネットワークを立ちあげるべきである。

  4. 教育と共育
    両国の研究者、学生、行政官の相互交流を活発にすべきである。とくに学生の交流は将来国際貢献にたずさわる若手を生み出し、国際平和に寄与し、両者の未来可能性を大きくする。ともに教育し合い、共育し合う相互交流は人数より継続が重要である。

  5. 共同研究の継続の重要性
    近年意欲的で具体性の無いチャーミングな研究課題名がついた研究費の公募が数多くある。さらに、多くの研究課題の研究期間が短く、研究も単発的になる傾向がある。LAVICORDのように大きな目標が明確で、その目標にむかった研究実績がある場合、研究の継続は極めて重要だ。LAVICORDの2年間の共同研究をここで終わらせてはならない。2年間でプロジェクトが終了になれば、その期間の成果の活用は激減する。プロジェクトの成果を国内外で積極的に紹介していただきたい。2016年8月に行われたTICAD(アフリカ会議)のナイロビ宣言では医療保健体制の強化が謳われたが、利潤追求の経済活動に偏りすぎないように、住民の生活の質の向上にも留意すべきである。住民の立場に立った研究としてLAVICORDは位置づけられよう。日本政府にもLAVICORDの実績を伝え、研究の継続が可能となるように訴えていただきたい。