【インタビュー】田邉秀二教授

2013年10月から2020年12月までミャンマーで実施されている「工学教育拡充プロジェクト」の専門家として従事している工学研究科の田邉秀二教授に、同プロジェクトの取り組みや現況についてインタビューを行いました。

――本プロジェクトは他の国立六大学連携機構を構成する大学(千葉、新潟、金沢、岡山、熊本)、及び京都大学と連携して、ヤンゴン工科大学とマンダレー工科大学に質の高い卒業生が輩出され、産学官の各界に就職することを通して、ミャンマーの経済社会の発展に貢献することを目指しています。田邉先生が専門家としてプロジェクトに参画したきっかけは何ですか?

田邉教授:当時の工学研究科長(石松隆和教授)に言われたからです。(笑)
ミャンマーが民主化された2011年、当時のテイン・セイン大統領は、他国と比べてミャンマーが劣っているのはどこか総合的に俯瞰し、工業的な面だけでなく、教育的な面で相当な後れを取っているという認識を持っていました。
国を立て直すには、まずは産業の基盤を固める必要がありますが、そのために工学系の優秀な人材が必要です。
工学教育を充実させるため、各国に支援を求めましたが、日本に対しては、日本ミャンマー協会を通して要請が行われました。

田邉教授:これを受けて、日本ミャンマー協会の渡邉秀央現会長(元内閣官房副長官)は主にアセアン工学系高等教育ネットワーク(AUN/SEED-Net)に関係する大学に協力を依頼したのですが、断られてしまったそうです。
そして、たしか大阪の新聞社経由で、「長崎大学の石松研究科長は関心を持っているらしい」と聞いた渡邉氏が長崎大学を訪れ、石松研究科長、及び、当時の山下敬彦副学長と面談したところ、「長崎大学だけでは難しいですが、国立六大学(通称、“旧六”)でやればできると思います」と引き受けたことが、長崎大学を含めた国立六大学でこのプロジェクトを始めたきっかけです。

田邉教授:2011年に民主化がスタートした後、ミャンマー政府が支援をお願いしたのは、日本ミャンマー協会だけではありませんでした。民主化を成し遂げた国として、日本国内のあちこちの大学に招待され、ミャンマーの現状について、政府関係者が講演を行っていました。
その中で、京都大学で講演が行われた際に、京都大学工学研究科の故小野紘一副学長が支援を申し出ました。
当時京都大学はエジプトとのJICAプロジェクトに参画していましたが、エジプトの情勢不安でプロジェクトがストップしていました。
そこでエジプトの代わりにミャンマーで工学教育拡充を行うこととなり、六大学+京都大学でスタートしました。

日本・ミャンマーのプロジェクトチーム・メンバーの懇親会
――本プロジェクトには合計7大学参画し、活動内容も多様ですが、長崎大学はどのような役割を果たしていますか?

田邉教授:活動内容はヤンゴン工科大学とマンダレー工科大学を対象とした教員研修、研究指導支援、機器指導、国際会議への出席等で、工学研究科の先生方が現地に行って実施しています。
あとは先方の大学の教員を本学の博士課程の学生として受け入れています。
本プロジェクト以外に、岡山大学による文部科学省「留学生コーディネーター配置事業」やJICAの「イノベーティブアジア」等の枠組みでも、ミャンマーからの博士課程・修士課程の学生を工学研究科で受け入れて来ました。

ミャンマーYTU(ヤンゴン工科大学)教員とのプロジェクト研究内容についての議論の様子
――この地域でのプロジェクトを継続するうえで、大変だったこと、嬉しかったことは何ですか?

田邊教授:大変なことはあまりありませんでした。
いろいろなところで言われていますが、JICAプロジェクトへの批判として、「機材や装置を相手国に供与しても、その使い方を教えるなど、その後のフォローアップがきちんとできていない」ということがあります。
このプロジェクトがスタートしたときに、当時の山下副学長と「どうしたら上手くできるだろうか」と話し合いましたが、要は「どこの誰がサポートするのか」をある程度明確化することが大切と思います。
このプロジェクトでは「科目別委員会」を作っていますが、科目(機械、電力、電子等)の面倒を見る担当者として、長崎大学だけではなく、六大学のどの先生が見るのか名前を挙げ、責任体制を明確にしました。
また各大学の学長会議や工学部長会議などの場で、学長や工学部長から「ミャンマーのJICAプロジェクトに国立六大学の1つとして参画します」と発言してもらいました。
こうして各先生方が勝手にJICAプロジェクトに参画しているのではなく、大学全体として動いている、ということを学長や学部長からオーソライズしていただきました。

田邊教授:本プロジェクトでは、各大学から1人ずつ代表者が集まり、JICA国内支援委員会が行われますが、この会議はむしろ報告会で、何も決まらないし、情報も末端まで行きわたりません。
そこで、このプロジェクトを実質的に動かすために、年に1度、国立六大学の担当者全員を日本国内で一堂に集める機会(科目別委員会)を作りました。
同じ分野の担当者同士でテーブルを囲んでディスカッションを行い、次にどのような活動をするか決めてもらいました。
長崎大学は本プロジェクトの幹事大学として、このような運営をすべて取り仕切りました。そうしなければ、組織や分野も違う各大学が一緒に動くことはできません。

田邊教授:このプロジェクトの活動として、年に2回ミャンマーに行って、ヤンゴン工科大学とマンダレー工科大学で教員研修を1週間行っています。
そこで実施した研修内容を項目別に報告書に書き、ネット上のサーバーに掲載し、次に行く人が読んでから現地に行けるように工夫をしました。
そうすれば人が変わっても継続性が保たれるので、次の人への報告書のアドレスの申し送りをきちんと行っています。
このようなシステムをすべて作り、動かし始めたところ、3年目くらいからスムーズに回るようになってきました。
もしJICAの担当者が変わっても、こちらできちんとしたログを作っているので、それを見てもらえれば、これまでの流れが分かります。
JICAの担当者からは「このプロジェクトは非常に上手くいっている」という評価をいただいています。

田邊教授:難しかった点として、7つの大学によって、それぞれ異なるプロジェクトの動かし方があるので、すり合わせは重要です。
ただ1つのやり方に合わせようとすると無理が出るので、僕としては「好きなようにやってください」と言っています。
ただ、実際にミャンマーに行って現状を見ると、皆変わります。
「これは頑張って支えてあげなければならないな」という気持ちになるのです。どんな形でも、まずは現地に行っていただいて、または博士課程の学生を引き受けていただいて、学生のレベルや状況を目の当たりにしてもらうと、動いていただけることが多いようです。
プロジェクトの最初の頃は、日本からミャンマーに行く人をある程度固定して、毎回担当者が代わるなど、前回の引継ぎがされてないのではないか、というミャンマー側の不安を取り除くようにしました。
各大学で担当する科目別の委員長を決めているのですが、委員長か副委員長が必ず行く、という形です。
4年目以降になると、1度は現地に行ったことがある人が増えてきますので、皆でぐるぐる回しながら現地での指導を行ってきました。
例えば、研究テーマの指導を行う際は、電気科目1つをとっても、その下に分野が分かれているので、対応できる人を送る必要があります。
このように、人の送り方も途中から切り替えて、現地での指導が効率的に進むようにしました。

ミャンマーYTU(ヤンゴン工科大学)教員と日本側専門家による短期研修の最終報告会の様子

田邊教授:このプロジェクトで嬉しかった点は、英語が少し上達したことです。(笑)
今後、大学の国際化が進み、キャンパスに留学生が増えるような状況は、他の地域に比べて、長崎大学のような地方の国立大学の方が速いだろうと考えています。
留学生がたくさん来るとすると、教材の英語化を急がなければなりませんが、このプロジェクトに入れば、否が応でも、英語の教材を作らなければなりません。
こうして早めに取り組んでおけば、英語で作った教材を、長崎大学に来た留学生のために使用することができます。教員に英語慣れをしてもらおう、というのも、このプロジェクトに参画した大きなモチベーションであり、目的の1つです。
この活動を通して、僕自身や先生方の英語力は飛躍的に上がったと考えています。

――複数の大学が関わるプロジェクトを上手く進めるコツや、心がけることは何ですか?

田邊教授:「できることをする」ことと思います。計画を実行しようとするとき、できないことをすると時間も無理もかかります。
最初は100%を求めず、1番を目指しながらも、できることから手を付けて、少しずつ広げていくのがよいかと思います。
7つの大学がどのようにプロジェクトに取り組むのか、最初は分かりませんが、各大学の担当者と付き合ううちに、その人が「次はこの人が参加するとよいと思う」という風に広げてくれます。
このように、情報がある程度集まるまで下地を作り、しばらく待って我慢します。
少しずつ人が広がって行くと、やれることも増え、深くなって来ます。
いきなり100%でスタートさせようとしてもエンジンが壊れるので、助走期間を付けて、人が馴染んでくるまではゆっくり、というスピードがよいと思います。
もし間違った方向に進んだ人がいても、無理に修正させるのではなく、「こういう方向はどうですか?」と提案します。
何事も本人が納得して初めて、物事は動くと思います。
そうしてお互いに歩み寄りが生まれ、そういう人の割合を増やしていくと、全体的に良い流れに向かいます。
それでも逆方向を向く人はたくさんいますが、そこを理解しつつ、全体としてどう動かしていくかを考えていきます。
反対意見や、批判があるのは悪いことではなく、むしろ、それによって真っ当な標準の位置が決まると考えています。

ミャンマーYTU(ヤンゴン工科大学)教員・学生との研究内容に関する打ち合わせの様子
――2020年4月で本プロジェクトは終了予定でしたが、現在の状況と今後の見込みは?

田邊教授:2020年度はCOVID-19の影響で、本来行うべき活動ができませんでした。
博士課程在学中の学生への指導を、現地に行けないのでオンラインでの指導を行っていますが、あまり効率がよくありません。
このような状況下で、学生が学位を取得するための期間を確保する必要が出て来ました。
一方、本プロジェクトでリサーチセンターを建設する途中、現場に不発弾が見つかり、2年間工事が中断しました。
ようやく建物が建ったのは2019年11月で、装置が設置されたのですが、相手国の方々が操作に慣れるため、使用方法を指導する必要があります。
そのために2020年4月以降にミャンマーへの渡航を予定していましたが、これもCOVID-19で不可能になりました。こちらもオンラインで行うこととなりましたので、第1フェーズは2020年12月まで延長することになりました。
その後、第2フェーズが2021年1月から開始することになっています。

長崎大学工学研究科 国際連携推進センターHP

JICAミャンマー「工学教育拡充プロジェクト」HP

田邉 秀二

所属 (現在)2020年度: 長崎大学, 工学研究科, 教授
過去の所属1997年度 – 2000年度: 長崎大学, 工学部, 助教授
1996年度: 長崎大学, 教養部, 助教授
1992年度: 長崎大学, 教養部, 助教授
1991年度: 長崎大学, 教養部, 講師

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